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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)801号 判決

控訴人 佐藤伊右衛門 外五名

被控訴人 山谷甲次郎 外四名

主文

発起人の任務懈怠を原因とする山谷甲次郎以外の被控訴人等の請求を棄却する。

不法行為を原因とする右被控訴人等の訴を却下する。

原判決を取り消す。

被控訴人山谷甲次郎の請求を棄却する。

控訴人等と山谷以外の被控訴人等との間に生じた当審の訴訟費用は、右被控訴人等の負担とし、被控訴人山谷甲次郎と控訴人等の間に生じた訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とする。

事実

被控訴人等代理人は「控訴人等は連帯して被控訴人高橋三男治に対し金百五万円、被控訴人伊藤正松に対し金七十三万二千円、被控訴人田井安平に対し金七万七千円、被控訴人金子三郎に対し金三万三千円、及びそれぞれこれに対する昭和三十三年十一月二十七日(訴変更の申立書送達後)以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。被控訴人山谷甲次郎に対する控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人等の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、控訴人佐藤、久保田、佐野両名の代理人は被控訴人等(山谷を除く)の新訴請求に対し、「旧訴の請求原因は、被控訴人等において訴外丸信株式会社より控訴人等に対する発起人としての株金払込請求権を代位行使するというにあるところ、訴変更後の第一次請求は、控訴人等の悪意又は重過失による任務懈怠に基く損害の賠償を求めるものであるから、両者は明かに構成要件を異にし、且つその社会的事実関係を別にするものである故、請求の基礎に変更ありというべく、仮りにその変更なしとしても、著しく訴訟手続を遅滞せしめるものであるから、許さるべきでない。変更後の第二次請求についても同断である。よつて新訴を却下し、原判決を取り消して被控訴人等の旧訴請求を棄却する旨並に右訴の変更が許されるとすれば、新訴請求を棄却する判決を求める。」と申立て、被控訴人山谷の関係においては、主文第三項以下と同旨の判決を求めた。

控訴人川上金吉、同大川戸長次は「原判決を取り消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求める旨記載した控訴状を提出し、適式の呼出を受けて当審口頭弁論期日に出頭しない。

当事者双方の事実上の主張は、次のとおりである。

被控訴人等の主張

第一山谷甲次郎以外の被控訴人等の請求

山谷以外の被控訴人等は、当審において次のとおり訴を変更する。かく変更しても新旧両訴はその請求の基礎を同じくするので、訴の変更は当然に許さるべきである。

一、第一次の請求(発起人の任務懈怠による損害賠償請求)

(1)  訴外酒井信次郎は、昭和二十八年八月頃泡沫会社名義による繊維製品の売買仲介業を営まうと企て、控訴人等及び共同被告酒井信宇に対し「実は株式会社を設立したいのだが、それには発起人が必要である、払込などする必要はなく、金銭的迷惑は一切かけないから、発起人として名前を貸して貰いたい」旨頼み入れてその承諾を得、それぞれ丸信株式会社の定款に署名せしめ、ここに控訴人等は同会社の発起人となつた。

(2)  右会社の定款によれば、会社が、発行する株式の総数四千株、一株の金額五百円、設立の際発行する株式の総数二千株(この額面総額百万円)と定められていたところ、控訴人等は昭和二十八年八月二十八日発起人として株式の引受をした。その各引受額は、控訴人佐藤伊右衛門が五百株二十五万円、同佐野健吉が三百株十五万円、同久保田義清、川上金吉が各二百株十万円宛、同佐野健次が百五十株七万五千円、同大川戸長次が五十株二万五千円、外に共同被告酒井信宇が四百株二十万円であつた。このように控訴人等は、右会社の発起人として設立に際し発行すべき株式総数の九割を引受けながら、酒井信次郎から金銭上のことは心配しないでよいといわれていた関係上、引受株式につき全く払込をしなかつたことは勿論のこと、自己と同様、ただ頭数を揃えるだけのために発起人となつたり、形式的に株式の引受をしただけで払込をしない者が他に多く存在し、商法上要求される厳正な会社設立手続が行われず、資本金が完全に払込まれて基礎の強固な会社が成立することは、先づないであろうということを十分に了知し、若しくは容易にこれを知り得べかりしに拘らず、発行株式の引受並に払込の状況につき、何等の関心を抱かず、従つてこれ等の調査を怠りその他発起人として当然になすべき創立総会の招集、右総会における会社創立事項の報告及び取締役監査役等の役員選任等にも関与せず、右会社の創立手続を挙げて発起人にあらざる酒井信次郎に一任し、そのなすが儘に放置していた。

(3)  一方酒井信次郎は、自己が新潟相互銀行より借り入れた六十万円その他合計金百万円を同銀行に一日預け入れて、あたかも発行株式全額の払込があつたかのように仮装し、且つ昭和二十八年九月一日実際には会社創立総会が全然開かれなかつたに拘らず、これが開かれた旨の虚偽の書類(創立総会議事録)を作成した上、同日会社設立の登記を完了し、その後直ちに前記六十万円を銀行に対する借金返済に充当し、残余の四十万円についても同年九月二日より同年十月十九日までの間に、前後十五回に亘り、その殆ど全部を恣に引出して自己の用途に費消した。従つて株式の払込に充てらるべき前記百万円は結局会社設立登記をするための単なる見せ金であり、右会社は払込資本金百万円と称しつつも、その実は全然払込がなく、従つて会社の経済的基礎を缺如し、設立後の経営維持も当然不可能であつて、法律上設立無効となるべき泡沫会社たる丸信株式会社が設立されたのである。

(4)  被控訴人等は、以上のような会社設立事情を全く知らず、右会社が適正な手続を経て設立され、株金の払込を了してその資本が充実しているものとばかり信じて会社との間に繊維品の取引を開始し、昭和二十八年九月より昭和二十九年三月末までの間右取引を継続した結果、同月末現在において、控訴人高橋三男治は百五万円、同伊藤正松は七十三万二千円、同田井安平は金七万七千円、同金子三郎は金三万三千円に達する売掛代金債権を有するに至り、右はいずれも弁済期到来していたところ、訴外会社はその頃経営行詰り、支払不能の状態に陥つた結果、各自その債権額に相当する損失を蒙つた。

(5)  上記の如く、控訴人等が全く発起人としての職責を果さず、これに関する一切の事柄を放置して酒井信次郎のなすがままに任せていたことは、取りも直さず控訴人等が悪意若しくは重過失により、会社の設立に関しその任務を怠つたものというべく、これが結果として本件の如き経営不能となること明かな泡沫会社の出現を見るに至り、右会社は資本的基礎なきため、当然のことながら設立直後より負債に負債を重ね、僅か半年を出でずして到産し、右設立事情を知らずに会社と取引した被控訴人等各債権者に対し損害を蒙らしめたものである。即ち控訴人等の発起人としての任務懈怠と被控訴人等の蒙つた損害との間には、相当な因果の関係が存するので、控訴人等は連帯して被控訴人等に対し、前記各損害額を賠償する義務がある。

二、第二次の請求(不法行為上の損害賠償請求)

丸信株式会社の設立手続に前記の如き重大な瑕疵あることを理由として、その成立が法律上否認され、従つて発起人としての責任追及が否定される場合には、被控訴人等は民法第七百九条第七百十九条の規定に基き、共同不法行為を原因として損害賠償の請求をする。民法第七百十九条の定める共同不法行為成立のためには、数名の者が同一の不法行為に関与すれば足り、行為者相互間に特別な意思の連絡を要しないと解すべきところ、控訴人等はいずれも酒井信次郎より「金銭的のことは心配しないでよいから名前だけ貸して貰いたい。」旨の依頼を受けて発起人となつたものであり、同時に他にも同様、名前だけを提供して株金の払込をしない者が多数存在し、従つて資本の充実した会社の設立が実現し得ないことを熟知し、若しくは十分にこれを推測し得たに拘らず、自己引受の株式に対する払込をしなかつたに止らず、発行株式の引受払込の状況につき何等の関心を払わず、これ等の検査を怠り、創立総会への出席並に報告及び役員選任等をなさず、これ等一切の手続を挙げて酒井信次郎に一任し、以て仮空な泡沫会社の設立を容易ならしめたものである。この観点からすれば、控訴人等は酒井信次郎の仮空会社名義による取引により被控訴人等に損害を与えたことにつき、共同加功したものというべきであるから、いずれも共同不法行為者として被控訴人等に対し、前記残代金額相当の損害を賠償する義務を免れない。

第二被控訴人山谷甲次郎の請求

被控訴人山谷は訴外丸信株式会社に対し昭和二十八年九月より昭和二十九年三月末までの間化繊服地類を売渡したことによる残代金百二十四万二千円の債権を有するところ、前記会社は設立に際し、株金の払込を全然していないので、自己の債権保全の必要上、同会社に代位し、会社が発起人たる控訴人等に対し有する未払込株金百万円の払込請求権を行使するものである。即ち被控訴人山谷の関係においては、請求原因は原判決事実摘示のとおりである。

第三控訴人等の抗弁に対する反駁

(1)  抗弁事実は凡て否認する。

(2)  発起人の任務懈怠による損害賠償債権は、商法第百九十三条の特則に基き発生するもので、通常の債権同様十年の時効にかかるのであるから、時効の抗弁は理由がない。

(3)  被控訴人山谷甲次郎自身も丸信株式会社の株式五十株を引受け、その株金二万五千円の払込をしてないのであるが、そのことは会社の資本金額を越える売掛代金債権を有する同被控訴人において、会社に代位し発起人たる控訴人等の株金払込義務を追及する上に、妨となるべきものではなく何等信義に反する廉はない。

(4)  一身専属権とは、主として権利者の利益のために認められ、その行使を本人以外の者の手に委ねることを不相当とするような権利をいうものであるところ、会社の発起人に対する株金払込請求権は会社の資本的基礎を強固にし、会社債権者の保護を厚からしめんとするにあるから、性質上その行使が会社の一身に専属するものでなく、会社債権者において会社に代位してこれを行使しうることは勿論である。

第一控訴人佐藤、久保田、佐野両名代理人の答弁

一、控訴人等が丸信株式会社の発起人となり、株式の引受をしたとの点について

控訴人佐藤の代理人

同控訴人は発起人となつたことなく、株式の引受をした事実もない。控訴人佐藤は見附市農業協同組合長であつたが、平素組合事務のために他出勝であつたので、自己の印章を組合長用の机の抽斗に入れておいたところ、訴外酒井信次郎は同控訴人の不在に乗じ、組合事務員久保田義清に対し、既に控訴人の承諾を得ている旨申欺き、持参した定款その他会社設立関係書類に同人をして控訴人佐藤の印を押捺せしめたものであるから、これ等書類の同控訴人に関する部分は偽造である。

控訴人久保田の代理人

同控訴人は酒井信次郎より名前だけ丸信株式会社の株主となつて貰いたいとの依頼を受け、同人の提示した各種書類にその内容も見ないまま署名押印した事実はあるが、実際に発起人となり、株式の引受をすることを承諾した事実はない。即ち控訴人久保田は発起人となる意思なくして定款に署名したにすぎないから、その署名は法律上の効力なく、定款も無効である。

控訴人佐野両名の代理人

右控訴人両名が丸信株式会社の発起人となつたことは否認する。

二、株金の払込について

控訴人等が自ら株金の払込をしたことのない事実は認めるが、当時酒井信次郎において一応株金全額の払込を完了したものである。

三、創立総会の招集等が行われなかつたことについて

各控訴人とも右事実はこれを認める。丸信株式会社は創立総会の招集、右総会における取締役監査役の選任等重要な設立手続を欠くものであるところ、酒井信次郎において恰もこれ等諸手続が実際に行われたかの如く必要書類を偽造し、不実の取締役名義を以て会社設立の登記をしたのであるから、その登記は虚偽にして無効である。よつて控訴人佐藤及び久保田としては、会社の成立自体をも否認する。丸信株式会社が法律上不成立である以上、控訴人佐藤、同久保田等に対しその発起人としての責任を追及する余地はない。

四、被控訴人等と丸信株式会社との取引について

各控訴人とも不知

五、控訴人等が発起人としての任務を懈怠し、酒井信次郎の不法行為に加功したとの被控訴人等の主張について

各控訴人等とも全部否認する。

六、その他被控訴人等の主張に対する控訴人等の答弁要旨は、以上の陳述と牴触しない限り、原判決事実に記載するとおりである。

七、控訴人等の抗弁

控訴人佐藤の抗弁

(一)  時効

山谷甲次郎を除く被控訴人等第一次の請求の原因は、要するに控訴人等が丸信株式会社の発起人としてその任務を懈怠し、悪意又は重大なる過失によつて被控訴人等に損害を加えたことを理由に、その賠償を求めるというにある故、その債権は三年の短期時効により消滅すべき性質のものなるところ、被控訴人等が始めてその請求をしたのは昭和三十三年十一月六日付同日提出の準備書面を以てしたのであり、被控訴人等においてその主張の如き損害の発生を知つたのは昭和二十九年三月末のことであるというに帰するので、その間既に三年以上を経過し右損害賠償債権は時効にかかり消滅した。よつて右時効を援用する。

(二)  過失相殺

控訴人佐藤は肩書地において農業を営み、見附市農業協同組合長の職にある名望家であるが、被控訴人等は多年同控訴人と同一市内に居住している関係上、控訴人が果して畑違いの商事会社の設立に関与し、その役員に就任したかどうかは、直接同控訴人に照会しさえすれば、他に格段の調査をしなくとも、容易に判明し得た筈である。然るに被控訴人等が酒井信次郎に欺かれ、控訴人佐藤が丸信株式会社の発起人となり、取締役に就任したと信じて同会社の主宰者酒井信次郎との間に取引を開始し損害を蒙つたとしても、かく信ずるにつき被控訴人等の側にも過失のそしりは免れないから、そのことは損害賠償額の算定上当然斟酌さるべきである。

(三)  信義則違反

被控訴人山谷甲次郎は、丸信株式会社の株式五十株を引受け、二万五千円の株金払込義務を負担しながら、その払込をしない。このように自らの払込義務を履行しないでいる同被控訴人が、控訴人等に対し発起人としての補充的株金払込責任を追及するのは、著しく信義に反しその請求は許されない。

控訴人久保田義清の抗弁

株式会社の発起人に対する株金払込請求権は、性質上会社の一身に専属するものと解すべきであるから、会社債権者による代位行使は許されない。それ故被控訴人山谷の請求は失当である。

第二控訴人川上同大川戸の関係

被控訴代理人の陳述した原審口頭弁論の結果によれば、右控訴人両名の原審における答弁並に立証の関係は、原判決事実摘示のとおりである。

証拠方法

被控訴人等は、甲第一、二号証第三号証の一ないし四第四号証の一、二を提出し、原審並に当審における証人安藤敏雄の証言、被控訴本人山谷甲次郎尋問の結果、当審における被控訴本人高橋三男治、伊藤正松、田井安平、金子三郎各本人尋問の結果を援用し、各控訴人は原審証人酒井信次郎の証言(第一、二回)を援用し、甲第一号証につき各控訴人とも成立を認め、同第二号証につき控訴人川上、大川戸は成立を認め(以上証言の援用並に甲第一、二号証の認否につき、控訴人川上、大川戸に関しては被控訴代理人の陳述した原審口頭弁論の結果による)、控訴人佐藤同佐野両名は甲第二号証中同控訴人等の署名は否認その各名下の印が控訴人等の印であることは認めるが、それは控訴人等の意思に基き正当に押捺されたものではない、同号証その余の部分の成立は不知、控訴人久保田は甲第二号証中同控訴人の署名捺印は認めるが、同控訴人は酒井信次郎より株主名義の貸与を乞われ、書面の内容を熟読せずに署名調印したにすぎないと述べ、甲第三号証の一ないし四第五号証の一、二に対しては各控訴人とも不知と答え、控訴人佐藤は当審証人大竹仁の証言及び原審並に当審における控訴本人佐藤伊右衛門、久保田義清各本人尋問の結果を、控訴人久保田、同佐野健吉は原審並に当審における当該各本人尋問の結果を、それぞれ援用した。

理由

第一山谷甲次郎以外の被控訴人等の請求について

一、先づ訴変更の当否につき按ずるに、被控訴人等の旧来の訴は、控訴人等はいずれも丸信株式会社の発起人なるところ、同会社は設立に際し全然株金の払込を缺いたので、同会社に対する取引上の債権を有しその弁済を得られない被控訴人等において、債権保全の必要上、会社が控訴人等に対し有する株金払込請求権を代位行使するというにあつて、当審で変更した第一次の請求は、控訴人等が発起人として資本充実等設立事項に関する任務を懈怠して、株金の払込なき会社を設立し、右会社と取引した債権者たる被控訴人等に対し故意又は重過失により損害を蒙らしめたものとしてこれが賠償を求めるというにある。今この新旧両訴を比較するに、両者は(一)控訴人等が丸信株式会社の発起人であること(二)同会社が株金の払込なく、資本充実を全然缺くものであること、(三)被控訴人等が同会社との間の取引によつて生じた債権の弁済を得られないでいること等の点において共通の要素を有し、且つ、その法律的構成を離れて広く社会的事実関係として観察すれば、資本的基礎を缺く会社と取引して弁済を得られない債権者が発起人の責任を追及することによりその弁済を得んとするものである故、いずれも同一若しくは共通の基盤に立つものということができる。従つて新旧両訴の交換により請求の基礎に変更を来すことなく、しかもこの訴変更により控訴人等の訴訟上の防禦を困難にし、著しく訴訟の進行を遅滞せしめる事情も認められないので、右訴の変更は適法として是認すべきである。

二、よつて以下本案につき審究するに、訴外丸信株式会社が新潟県見附市新町百五番地に登記簿上の本店を置き、繊維製品の仲介斡旋並に仕入販売等の事業を営むことを目的とし、発行済株式総数二千株一株の金額五百円資本の額百万円として昭和二十八年九月一日設立登記を経由したことは、成立に争のない甲第一号証の記載に徴し明かである。

(一)  しかして、甲第二号証を見るに、同会社の定款には発起人として控訴人等六名及び原審共同被告酒井信宇の住所氏名を掲げ、その末尾に右七名の署名押印が存し、なお株式引受証にもそれぞれ控訴人等の署名押印のあることが認められるけれども、原審証人酒井信次郎(第一、二回但し以下認定に牴触する部分を除く)当審証人大竹仁の各証言と原審並に当審における控訴本人佐藤伊右衛門、久保田義清、佐野健吉の各供述を綜合すると、訴外酒井信次郎は従来個人で繊維品の仲介売買業を営んでいた者であるが、これを会社名義に改めることを企て、予め代書人に依頼して作成した丸信株式会社の定款、株式引受証、会社総立総会議事録、取締役会議事録、創立事項調査報告書等会社設立に関する一連の必要書類を携えて、昭和二十八年八月末頃見附市農業協同組合事務所に到り、その事務員である控訴人久保田義清に対し、「会社を設立するにつき株主の頭数が足りないから、出資の必要はないが株主として名前だけ貸して貰いたい」旨頼み入れたところ、同控訴人は単に株主名義を貸すだけならば差支えないと思つてこれを即諾し、酒井の持参した書類を熟読せず、且つその内容に深く留意することなくして、酒井の求めるままにその指示する個所に署名調印したこと、その際酒井は同控訴人に対し、既に控訴人佐藤からも承諾を得ているので佐藤の印を貸与されたいと申向けたところ、控訴人久保田は酒井の言葉を信用し、組合長たる佐藤が平素組合関係の事務に使用するためその机の抽斗に入れて置いた同人の印章を取り出し、佐藤の氏名を代署し、その名下に押印したこと、控訴人久保田は数日後控訴人佐藤に対し、酒井の依頼によつて代印した由を伝えたところ、同控訴人は名義だけの株主となる位ならば差支えないとしてこれを放置したのであるが、右会社の発起人となつたり、会社役員となることを承諾した事実のないこと、控訴人佐野健吉も丸信株式会社の発起人となることを承諾したことなく、実弟佐野健次を通じて酒井信次郎より名義だけの株主となることを依頼されてこれを承諾したところ、控訴人健次において兄健吉の不在中家人よりその印章を受取つて酒井に渡し、酒井が前記定款等の書類にこれを押捺したものであること等の事実を認めることができ、この認定に牴触する前記証人酒井信次郎、原審並に当審証人安藤敏雄の各証言部分は採用し難く、その他右認定を覆すだけの証拠はない。なお右酒井信次郎の証言によると、控訴人佐野健次、川上金吉、大川戸長次及び原審共同被告酒井信宇等はいずれも金銭上の迷惑をかけないことの条件で、酒井信次郎の依頼により丸信株式会社の発起人並に株式引受人となることを承諾し、定款並に株式引受証等に署名捺印又は押印したものであることが認められる。して見れば、丸信株式会社の定款末尾に存する発起人の署名捺印中、少くも控訴人佐藤伊右衛門、同佐野健吉の分は明かに同人等の意思に基かないものというべく、控訴人久保田義清の分も同控訴人が発起人となることの充分な認識を持つてしたものか否か甚だ疑わしいところであるが、仮りに久保田の分を別とするも、甲第二号証の同会社定款は法定数を満たす有効な発起人の署名を缺き、定款として適法に成立したものと認めることはできない。

(二)  丸信株式会社が設立に際し発行する株式総数二千株一株の金額五百円この額面総計百万円につき、全然払込のなかつたことは、被控訴人等の主張するところである。即ち酒井信次郎は右会社の設立に当り新潟相互銀行見附支店より金六十万円を借入れ、これと自己の所持金とを併せて金百万円を同銀行に預入れ、発行済株式全額の払込があつたかの如き体裁を作り、同銀行より保管金証明書の交付を受けて会社設立の登記を了し、その登記の翌日右金六十万円を引出して銀行借入金の返済に充てているのであるから(原審証人酒井信次郎第一回の証言及び前記甲第二号証、当裁判所が真正に成立したと認める同第四号証の一、二参照)、右六十万円は会社の設立登記をするための一時的借入金であつて、登記完了後直ちに引出されて返済に充てられる予定の「見せ金」であり、実際に会社の資本を構成する性質のものでないことが明かである。また甲第四号証の一、二原審並に当審証人安藤敏雄の証言、同証言により成立を認めうる甲第三号証の一ないし四によると、残四十万円も丸信株式会社の設立登記後酒井信次郎において同年九、十月頃までの間数回に亘つてその大部分を引出したものであるところ、それが果して会社の営業のために供せられたかどうか、支払先の受領証等証憑書類が存しないので分明でなく、殊に甲第四号証の一、二の同会社銀行勘定帳には、昭和二十八年九月五日及び十日の両度佐野商店に対する買掛支払又は品代支払として金十万円宛銀行より引出した旨の記載があるけれども、原審並に当審における控訴本人佐野健吉の供述に徴すれば、佐野商店と丸信株式会社又は酒井信次郎との間に取引関係がなかつたこと明かであるので、右の記載は仮空であり、このことから推して少くも右金二十万円は酒井の個人的用途に費消され、且つ最初よりその予定の下に預けられたものと見るべきであるから、該金額の限度において実質的な株金払込があつたものということはできない(この認定と異る酒井信次郎の証言は採用しない)。然らば丸信株式会社は被控訴人等主張の如く全部でなくとも、大部分の株金払込を缺くものというべきである。

(三)  丸信株式会社の創立総会の招集、発起人の創立事項の調査報告、右総会における取締役監査役の選任等同会社の設立に関する重要手続は、一切履践されず、単に酒井信次郎においても恰もかかる手続が実際に行われたかの如き体裁を作るため、総立総会議事録その他の形式的な書類を作成して置き、これに基き会社設立登記を了したにすぎないことは、被控訴人等の主張自体に徴し明白である。しかして非訟事件手続法第百八十七条第一項によれば、株式会社設立の登記は総取締役及び監査役の申請によりなすべきものなるところ、丸信株式会社にあつては、取締役監査役の選任は実際に行われなかつたのであるから(即ちその選任が瑕疵ある決議に基くというのでなくて、全然選任の決議がなかつたのである)、設立登記の申請をなすべき資格ある者が存在しない訳であるのに、書類の形式上その選任があつたかの如く作為し、酒井信次郎が勝手に取締役監査役と定めた者の氏名を使用し、虚偽の設立登記申請をしたのである故、かかる登記は法律上無効であるといわざるを得ない。

(四)  丸信株式会社は、兎も角も設立登記を了して、登記簿上存在するに至つたが、登記された取締役は一切営業に関与せず、初から発起人でも株主でもなく、且つ取締役監査役でもない酒井信次郎が営業の全般に亘つて一切これを主宰し、実質上会社形態による営業というよりは、酒井信次郎の個人営業というべきものであつたことは、原審並に当審における証人酒井信次郎、安藤敏雄の各証言により、これを窺うに十分である。

以上説示のとおり、丸信株式会社の定款が法定数に達する発起人の有効な署名を具備しない不適法のものであること、会社の株金払込を大部分缺如すること、創立総会の招集なく、会社の運営に当るべき機関が選出されなかつたこと、会社設立登記が法定の資格なきものによりなされ、無効であること、会社設立登記後、会社名義による営業は酒井信次郎が主宰し、登記簿上の取締役は一切これに関与しないこと等の諸点からすれば、丸信株式会社なるものは、世上往々にして見受けられるような社会的経済的取引主体として事実上活動しながら、設立手続に法律的瑕疵ある類のものと異り、法律上会社として成立せず、社会的経済的に見ても何等会社としての実体を具備するものでなくて、ただ会社の虚名を纒つた酒井信次郎個人の営業が存するにすぎないと認めるより外はないのである。

然らば右会社の成立したことを前提とし、その発起人に対する任務懈怠の責任を問う被控訴人等の請求は到底認容する余地がない。

三、共同不法行為による損害賠償請求について

被控訴人等は、仮りに会社の成立が否定され、その故を以て第一次の請求が棄却されるときは、控訴人等が酒井信次郎の不法行為に共同加功したものとして、損害の賠償を求めると主張する。

しかし、変更前の本来の訴は会社の成立を前提として発起人の株金払込請求権を代位行使することを原因とするものであるから、会社名義を仮装した酒井信次郎の詐欺的取引につき控訴人等が共同加功したことによる損害賠償の請求とは、その基本たる事実関係において共通の要素なく、明かに請求の基礎を異にするものであり、またこれを会社成立の場合における発起人の任務懈怠による責任追及の訴と比較して見ても請求の基礎を同一にするものとは解し難いので、共同不法行為を原因とする第二次の請求については、訴の変更を許すべからざるものとし、これを却下するより外はない。

第二被控訴人山谷甲次郎の請求について

被控訴人山谷甲次郎の請求は、同被控訴人が丸信株式会社の債権者として発起人たる控訴人等に対し、会社に代位して株金払込請求権を行使するというにあるところ、右会社が不成立に帰し、法律上その存在を認むべからざるものであることは、他の被控訴人等の請求につき、上来説示したとおりであるから、爾余の争点に関する判断を省略し、被控訴人山谷の請求を棄却すべきものとする。

以上の次第故被控訴人山谷以外の関係においては、被控訴人等の変更にかかる第一次の請求を棄却し、予備的請求を却下すべく、被控訴人山谷に関しては、原判決を取消し、その請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 渡辺一雄)

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